1月30日 中村愛良 君 逝く

愛良君を乗せた車が出発した。同級生や知人のすすり泣く声や同級生たちの「 愛良 くーん」と呼びかける声が止まない。外に出ると、信号待ちで止まっていた彼を乗せた黒塗りの車が、信号が代わり左折していった。
先週の金曜日、 愛良君の容態が急変した。彼は、抱えることとなった病気と10数年過ごした。彼の一部となった病気とともに、皆と同じ学校生活を送ってきた。いやむしろ、同世代の子供たちより、いろいろなことに挑戦してきたと言えるのかもしれない。先々週には、総合的な学習の時間の街探検に参加し、その翌日には、プレゼンテーションコンクールの表彰式にも受賞者として参加していた。その彼の訃報は、学校中を震わせた。悲しみと、残念さと、憤りに覆われた。
開けて先週の月曜日、朝一番で彼の所属する中学部の生徒全員が集まった。既に知っている生徒も多かったが私から 愛良 A君が亡くなったことを伝えた。悲しみをこらえなくていい、 愛良 君のことを思い出したくさん語りあおう、そう話した。そして、黙祷を捧げた。
愛良 君と一緒に歩んできた者にとって、喪失の思いはこれから強くなるだろう。ただ、力いっぱい生きてきた彼のことを思うなら、思い出を大切にしつつ歩みを進めてほしいと願う。
※この記事については,御両親と相談し、 実名を載せることとしました。御両親は、彼が桐が丘で生きた証として実名を希望されました。私は、その尊い思いを尊重しました。お読みいただいた皆さんが、実名に込められた思いを想像し,理解してくれることを期待します。

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