言葉を育てる周囲の大人の感性と働きかけ

 昨年度まで勤めていた聴覚特別支援学校では、子どもたちに聞こえない又は聞こえにくいという困難があるなかで「いかに言葉を育てるか」ということが教育の大きな目標になっていました。授業では、教科書に書かれている言葉や友だちが発言した言葉、本人が口にしている言葉がきちんと理解できているか、意味の説明を本人に求めたり友だちの考えと照らし合ったりしながら、言葉が正しく身に付くよう指導されていました。対話を通して、丁寧に言葉を育てる光景がとても印象的でした。

 そのような取組の成果は、作文や読書感想文という形でも発揮され、優秀作品が毎年、全国レベルで表彰されていました。なかでも思い出に残る作品が、小3児童が書いた「実けんが事けんになった」(第18回「全国聾学校作文コンクール」銀賞)という作文です。

 作者である児童は、夏に何か涼しくなる方法はないかと考え、お茶をきんきんに冷やすことを思いつき、コップにお茶をたっぷり入れて冷凍庫に入れました。翌朝、わくわくしながら冷凍庫のドアを開けてみると、お茶は氷になっていましたがコップが割れていました。その割れたコップは、お兄さんがお母さんにプレゼントした大事なコップだったため、児童はお母さんに泣きながら謝る訳ですが、お母さんは「実けんが事けんになったんだね」と大笑いされます。その一言で児童も笑顔になったところで、お母さんが、水を凍らせると量(体積)が増えることと、それを膨張と言い表すことを教えてくれた、というのが作文の大筋です。私は、このお母さんの素晴らしい対応にとても感心しました。児童が思いついてやったことを否定せず、失敗を笑いに替え、すかさず知識と言葉まで教えておられます。きっとこの学びを、児童は一生忘れないと思います。

 この作文を通して、私たちは、子どもたちの日常の些細な出来事が大人の関わり方次第で学びの大切な瞬間になることを教えられます。経験が不足しがちな肢体不自由のある子どもたちにとっても、言語概念を育てることはとても大切です。私たちは、日頃から子どもたちの言動にアンテナを張って、タイミングを逃さず、子どもたちの学びを引き出したいものです。