桐高生 週記:「新しい」③(4月3週目)

今年度,高2のⅠ・Ⅱコースと,高3のⅡコースでは,「日記」ならぬ「週記」として,毎週一本ずつお題に応じた文章を書いています。

 どれも力作ばかりですが,その中からとくに面白いものを随時紹介したいと思います。

桐高生 週記:「新しい」③(4月3週目)
 
 「新しい」を言葉で伝えることは難しい。そう感じたのは小学生の頃のことだ。
 私は今でこそ関東風な雰囲気もあるが、出生地は関西である。両親も関西出身で、家庭でも頻繁に関西弁を使っている。標準語に慣れるまで数ヶ月の年月がかかった。特に初めの一年は、関西弁・関東弁の区別がつかず、友人と話している最中に気付くことが多々あった。しばらくして、新しく出来た友人と一緒に趣味の書道を再開した。

 「新しい」を伝えることが難しいと痛感したのは書道教室でのある出来事を通じてだった。私は「さらの半紙をとって欲しい」と友人に頼んだが、友人には「さら」の意味が分からなかった。首を傾げて「さら」と再び聞いてきた。この時、友人はお皿の皿を想像していたらしい。始めは私も友人が、なぜ不思議そうな顔をしているのかが分からなかった。その後、「新しい半紙をとって欲しい」とお願いし直した。この経験を通じて「さら=新しい」ということが共通認識でないことを理解したのと同時に驚きも隠しきれなかった。

 これは後々調べたことだが、どういう意味なのかが分かりにくい関西弁の言葉ランキング2020では20位にランクインするぐらいの言葉だったのだ。多くの関西人が関西弁だと思っていないため、標準語だと思って使用していると書いてあり、腑に落ちた。

 このように各地の方言は方言だと理解されずに使用されているケースが多くある。私が「さら=新しい」と認識していたように、その人が過ごした土地の背景などが影響してくる。固定概念を疑えとまではいかないが、必ずしも自分の言葉が共通認識でないことを知る、新たな機会となった。(P.N いちごだいふく)

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